四季折々の彩りに満ちた美しい国「日本」。我が国の年中行事は、旧暦(太陰太陽暦)と呼ばれる暦が使われていた古い時代から始められています。旧暦とは、月が地球を1周する時間を利用した暦で、現在の新暦(太陽暦)は、地球が太陽を1周する時間を1年と定め、明治6年1月より使われ始めました。旧・新暦の不都合なズレが生じないよう工夫され、立春・春分・夏至・秋分・冬至・大寒など、二十四節気が考え出され、農作業の基準や季節の移り変わりの目安にしていた八十八夜なども合わせて、太陽暦に基づいてアイデアを取り入れてきました。そのなかで私たちは、大地や海のあらゆる自然の恵みに感謝し、ひたすら豊穣と安泰を願いながら生活してきました。
情緒豊かな祭りや行事には、その節目にふさわしい、季節の作物と素材の持ち味を生かした手作り料理で人々をもてなす心が込められています。また、新しい行事には幸福な明るい希望を願いながら行事食を試みましょう。現在の私たちの生活は、普段の日と祭りの日の折り目がないほど、食生活が豊かになりました。それと共に年中行事も影が薄くなり、行事の日にはできあいの料理やお菓子を買うだけの食生活になろうとしています。人々を心からもてなす「ハレ」の行事食を今、学校給食で試みることは、日本の四季や文化を知る上で非常に大切なことです。
学校給食では、祖先より伝えられてきた日本の行事について、その由来と伝統のある日本の食文化を次代に教え、伝えることを大切にしています。伝統的な日本人の主食である米飯が学校給食に取り入れられて以来、行事の日には献立にその行事食を実施して子どもたちに体験させています。みなさんもおそらく取り入れていることでしょう。伝えるにあたっては、その行事のいわれを放送したり、学級活動の時間に教室でお話したり、給食だよりを家庭に配布したり、多様な活動方法があります。
行事食を食べた子どもたちは、温かい心を抱いて家庭内での会話も弾むことでしょう。親子の会話の中から、日本の伝統行事と食の関係を理解し、食文化への関心が高まり、豊かな人間性が培われることを期待しています。行事食を通して、学校給食が地域・家庭との連携について、より効果的になるものと信じています。
長期欠席児童(不登校)が、行事食の日やランチルーム使用日には登校して給食を食べられるようになったことがありました。この児童は6年生から不登校となってしまったのですが、献立を見るのは好きだったようで、最初は校長室で校長先生と、校長先生が不在の際には私と給食を食べるようにしていました。行事食にとても興味を持っており、最終的には行事食の日に朝から教室に入れるようになったといううれしい出来事がありました。子どもたちにとっていかに給食が待ち遠しいものかがわかりました。
学校給食週間の特別給食の折に、郷土食を取り入れる学校も多いことと思います。私も深川めし、おでんなど、東京のものを取り入れ、その他の県の郷土食も学校給食週間に自然に取り入れるようにしました。例えば、北海道の代表料理「鮭のちゃんちゃん焼き」を取り入れたことがありました。私が勤務していた地域では魚といえば塩焼きという習慣で、今まではみそを使った魚料理は子どもたちの残さいが多かったので、北海道の特性について説明しました。そこで「北海道の大地を想像してみましょう」と子どもたちに説明することで、残さいは減りました。
3月2日にひな祭りのちらし寿司を実施すると、3月3日にちらし寿司を家庭で食べた子どもたちが給食のほうが美味しいと家庭で話し、母親から作り方を教えて下さいと依頼を受けたことがありました。同様に5月の節句に、中華ちまきの作り方講習会を開催して欲しいと依頼を受けたこともありました。また、お月見にきぬかつぎ(里芋)を児童が初めて食べたことによって、母親も新しい食材を学ぶ機会となったようでした。
卒業から10年以上たって給食の経験が生きたという事例もあります。大学を卒業し、大手企業に就職した卒業生の母親から聞いたお話―その子は入社の歓迎会でバイキング形式のパーティーに出席しました。お皿に盛っている最中に「バイキングは他の人に迷惑をかけないように少しずつ盛ること」、「赤黄緑の食材をバランスよく盛り付けること」など小学校時代に学んだ記憶がよみがえり、帰宅後母親に話したそうです。お母様からその話を教えてもらった私も、とてもうれしい気持ちになりました。
年間計画の中で、学校独自の行事が数多く組まれています。それに合わせて、学校給食も和食・洋食・中華の料理を、煮る・焼く・蒸す・炒める・揚げるなどの調理法を用いて、家庭の食生活をリードする心意気で取り組んでいます。私が平成4年まで学校給食で実施した行事食をご紹介します(生野菜、塩もみ、サラダ等はO-157により中止し、熱を加えて温野菜としています)。