第25回 震災から学んだ『食育』

福島県葛尾村立葛尾小学校(会津若松市立城南小学校兼務)学校栄養職員・遠藤知子さん

平成23年度から葛尾小学校に勤務する予定でしたが、東京電力福島第一原子力発電所の災害により、葛尾村の全村民は避難を余儀なくされました。自分も海の匂いがする浜通りの地域から、雪深い会津地方へ、避難を兼ねての勤務をすることになりました。そこでは様々なことを学ぶことができ、食育の大切さを再確認することができました。

食べ物がない!!

東日本大震災直後、わたしは実家がある須賀川市にまず避難しました。スーパーからは商品が無くなり、営業中の店には長蛇の列ができました。生徒の様子を見に行くと、体育館の避難所には毛布が敷かれているだけの状態でした。
「野菜たっぷりの給食が食べたいなぁ」…当時の支給品をありがたいと感じつつも、ポツリともらした生徒の本音。何かしてあげたくて、でもどうしようもなくて、胸がヒリヒリしました。

食べ物がある!…だけど

大震災から1ヶ月後、兼務辞令が発令されて会津若松市の城南小学校に勤務することになりました。山に囲まれている会津地方は、地震の被害も、また放射線の汚染も低い理想的な地域でした。給食も簡易ではない手の込んだものが提供できていました。しかし、おいしい給食が残されてしまう光景に愕然としました。

試行錯誤の日々

食べ物に困っている人もいるのに、これではいけない! と発奮し、周囲の人々のチカラを借りて、給食が残らないような工夫を始めました。
まず子どもたちに自分のクラスがどれぐらい残してしまっているか、表につけさせました。次に給食委員会の児童に、喜んで食べられる野菜のメニューを考えてもらいました。さらに献立について、給食主任、調理員、栄養士で意見交換を行いました。その甲斐あって子どもたちの給食への意識が変わり、残菜は減っていきました。

支援に感謝

栄養士の仕事は、一人では決して行うことはできません。全てのつながりがあって、ようやくできることだと思います。
このつながりを、絆を大切にしていきたいです。
今回の震災では、福島県はたくさんの方々から応援や支援を頂きました。本当にありがとうございます。この感謝の気持ちを忘れずに抱き、また子どもたちに熱い指導を行うことで、未来の日本へ恩返しをしていきたいと思います。

ページの上へ