第26回 自販機のない街で見た家族の光景

大阪府南河内郡河南町立学校給食センター 栄養教諭・小笠原睦さん

ある賑やかな商店街をブラブラ歩いている時の光景です。若い夫婦が手をつないで歩いていました。奥さんは手に何かの容器を持っていました。その二人の周りを、五歳くらいの可愛い女の子が、じゃれる様に歩き回っていました。少ししてから女の子が、母親をつついて何か話しかけていました。すると母親は、手に持っていた容器のフタを開けて女の子に差し出しました。女の子はうれしそうに中のものをつまんで、ニコニコしながら食べはじめました。それは、皮をむいたリンゴのようでした。それを見ている私達にとって、ほのぼのとした心地良いひとときでした。

おにぎりが今はオニギリ

私が子どもの頃(昭和30年代〜40年代にかけて)は、どこかへ出かける時はよく水筒と『おにぎり』や『ゆで卵』を持って行きました。そして国鉄(現在のJR)の売店(キオスクではありません)で『冷凍みかん』を買ってもらうのも楽しみの一つでした。もちろん季節によっては冒頭の光景のように、塩水に浸した『リンゴ』を持って行くこともありました。
いつの頃からか、日本ではこういう光景を余り目にしなくなりました。どこに行ってもレストランやコンビニ、自動販売機があり、お金さえ払えば何でも手にはいります。我が家でも家族旅行の時など、よく利用させてもらいます。確かに便利にはなったのですが…。

お金で買えないおいしさとは

コンビニ等でオニギリを買い、包装を手順よく開けるとパリパリの海苔のオニギリを食べることができます。でも母親(もちろん父親でも可です)が熱々のごはんに梅干しや醤油味の鰹節を入れて、海苔で包んだ『おにぎり』を、頬張った時のおいしさは格別です。そのおいしさが“家族”を象徴していたのではないでしょうか。
卵焼きや焼き魚があれば豪華と言える食卓を家族で囲んで、時には笑い、時には叱られ、時には泣く。そこには確かに“家族”がありました。ホッと一息つける空間がありました。

豪華でなくても“家族”の味を

高級なレストランや料亭で豪華な食事をすることは、子ども達の味覚や感性を育むためには必要です。でも決して豪華ではなくても、旬の新鮮な食材を少しだけ手間暇かけて料理して、家族で食卓を囲むことは、負けず劣らず大事な事だと思います。学校給食・保護者向けの通信・試食会等を通じて、このことを地域に発信していきたいと考えています。
冒頭の光景は、数年前のドイツ・ライプチヒ(ベルリンの壁崩壊につながった市民運動発祥の地)の、マルクト広場近くの商店街での話です。そういえば、ドイツでは、自動販売機をほとんど見かけなかったと記憶しています。

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