第35回 たくさんの人たちに支えられて

栃木県宇都宮市立陽東中学校 栄養教諭・駒場啓子

新採当時、学校ではじめての学校栄養士

昭和50年に学校栄養士となりました。当時は初任者研修もなく、学校でどう仕事を進めていったらよいかもわからず、途方にくれる毎日でした。先生方もはじめての「栄養士」とどう接すればよいか困っていたことと思います。助けてくださったのは町の栄養士の先生でした。とてもよく指導してくださって、なんとか仕事の形が出来上がってきました。
調理員さんは皆さんベテランでした。新採の栄養士の数えきれない失敗をカバーしながら、大変だったのではないかと、今同じ年代になって理解できるようになりました。
よちよち歩きの栄養士を、はらはらしながら見守ってくれた方々へ感謝です。

調理員さんに鍛えられ一人前の学校栄養士に

2年後異動した中学校では「おいしい給食を作る」ことが目標となりました。毎日調理場にはいり、調理員さんと同じ作業をしながら勉強しました。チーフの調理員さんはとても厳しい方でしたが、よく面倒をみてくださいました。この中学校での10年間が私の修行時代と言っていいかと思います。
自分なりに、献立をたてる方法や調理技術などを身に付け、調理員さんとのコミュニケーションのとり方もじょうずになったと思います。どこへ行っても「できる」自信がつきました。資格を持って仕事する以上、若くてもベテランでも、同じことができることが基本です。ストレスの多い仕事です。
ある卒業生から葉書がきました。「わたしは、先生の作る給食がとても好きでした」という内容。それからこの葉書が私の宝物になり、心の支えになりました。

教えることは厳しいけれど楽しいこと

その後幾度か異動し、栄養教諭になりました。栄養教諭としての修行は、慣れない授業でした。
貴重な時間を無駄にせず、教えなければならないことはしっかりと教えることなど、責任の重さを以前にも増して感じる日々でした。授業のたびに反省を重ねてきましたが、真剣な眼差しで授業を受けてくれる子どもたちの姿に感動し、大変な中にも教えることに喜びも感じられるようになりました。
先生方に指導を受けながら、ここでも教えることの初心者である私は、たくさんの方に支えられ栄養教諭として勤めることができました。

「おいしい給食」で「楽しい食育」を

現在、中学校に勤務しています。指導面はまだまだですが、職員室では今日の給食の話題で盛りあがります。食べることはだれにでも楽しく、激務の中学校でもホッとする話題です。
私は今年度でリタイヤします。やり残したと思うことがたくさんありますが、きっと後に続く皆さんがやってくださると思います。
私の好きな言葉は「おかげさまで」と「万事塞翁が馬」。
「おかげさまで」…たくさんの人に支えられて仕事ができました。「万事塞翁が馬」…心悩ますことも長くは続きません。良いことも同じです。これからの皆さんは助け合える仲間を大切にし、足元をかため、「おいしい給食」を材料に「楽しい食育」をしてほしいと願っています。

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