第38回 子どもに確かな食を届けたい

宮城県多賀城市学校給食センター 栄養教諭・峯岸多加子

食べ物関係の職について30数年がたちました。最初は給食委託会社に就職し、栄養士が責任者となり朝の鍵開けから管理の全てを任された職場でした。次に就いた職が今の学校栄養職員・栄養教諭です。調理は好きでしたが、指導となると何となく尻込みしたくなる、そんな時期もありました。今では伝えることに責任を感じながら、仕事に励んでいます。

食への道は小学生時代の体験から

栄養士の道を選んだのは、小学生の頃からの生活に原点があったと思います。なぜかご飯が炊きたくて炊きたくて…当時は麦が主体のご飯で、麦や米の必要量をはかることから覚えました。次に洗うこと、洗った麦や米を羽釜に入れ水の量を加減すること、かまどにセットすることなど。
燃料はもちろん薪です。燃えやすい枯れ葉に火をつけ、次第に薪に火を移しながら火加減を調整しました。炊き上がったらかまどから下ろし、少し蒸らしてから全体をかき混ぜざるやおひつに移しました。

当たり前の食を感じてほしい

普段食べているものが自然からの大きな贈り物、恵みであり、自然の力を感じています。また、多くの人の手によって作り届けられていることへの、感謝を思わずにいられません。東日本大震災を体験してことさら感じるようになりました。一回ごとの何気ない食事ですが、食事を頂けることを、大切にしてほしいですね。

生きた教材の確立

今までいろいろな献立を考え、実施してきました。どの献立の時にでも子ども達の指導に行けるように、子どもの様子を思いながら組み合わせを大切に考えました。給食施設によりさまざまな制約がありますが、最後は食べる人に喜ばれるかが基準です。作る人の声も取り入れながら、出来る限りの最善を目指しました。

子どもたちの姿に励まされ

4年間の単独校勤務を除き、他はすべて給食センター勤務でした。この間、通勤途中で見かける児童生徒の姿に、何度励まされたことでしょうか。「この子達のために」と思わずにはいられないのです。そして学校栄養職員から、いよいよ栄養教諭として指導の場に立つことになりました。試行錯誤の中で、一つだけ心にあるのは、「この子ども達がすこやかに育ってほしい」という思いだけです。

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