柔道も食育も感謝の心、次代に伝えるもの

柔道世界選手権で優勝し、柔道の頂点を極めた小川さん。その後プロレスラー・格闘家として活躍するなど、常に「体が資本」と言える環境に身を置いてきました。健康で丈夫な体を作る、その基本は食事です。そんな小川さんは今、柔道場を開いて多くの子ども達を育てる指導者でもあります。「子ども達で気になるのは食事が不安定なこと、その原因は全て親にある」と言い切ります。道場の子ども達に伝えているのは「感謝して残さず食べる」、「楽しく食べる」、「バランスを考えて食べる」など普通のことばかりですが、それは即、食育そのものです。

小川直也さんの顔写真小川直也(おがわ・なおや)
1968年3月、東京生まれ。高校時代から柔道を始め、明治大学に入学し1年生で全日本学生柔道選手権優勝、91年には世界柔道選手権・無差別級優勝。全日本柔道選手権で優勝7回、バルセロナ五輪で銀メダルなど活躍。97年、大学卒業後に就職したJRAを退社後にプロ格闘家に転向。2006年、神奈川県茅ケ崎市に「小川道場」を開設、子ども達の指導にあたっている。

Q.どのような子ども時代だったか

東京とは言っても山や川など自然豊な八王子で育ちましたが、年々、大学進学率が延びて受験勉強がうるさく言われ始めた時代背景の中で育ちました。なので中学生時代には塾通いもさせられ、嫌でしょうがなかったです。
そのような中でも我が家の親は、勉強も大事だけれど、スポーツで体を鍛えることも大切だという方針でした。運動第一主義で体さえ丈夫なら、何とか生きていけるだろうという考えです。いくら勉強ができても“もやしっ子”ではいけないと、もの心ついた頃には近所にあった剣道場で竹刀を握っていました。
その後、地域の野球チームに入って、小学校時代は野球に明け暮れていました。当時は巨人全盛の時代でしたから、あこがれもあって。野球、剣道、水泳はずっと続けていました。そのことが、高校に入ってから始めた柔道ですが、結果的に伸びる土台となったようです。

Q.食事にまつわる思い出は

実家の隣りの農家が野菜作りをしていた関係で、季節ごとの野菜をたくさん頂きました。それが半端な量ではなくて、例えば、ほうれん草の収穫期になると毎食ごとにほうれん草の料理が2週間位ずっと続くのです。ありがたい話ですが子ども心にはもう飽き飽き、「またほうれん草か」と。
でも食卓や弁当に出されたものは全部食べました。農薬を使わず堆肥で育てた野菜ですから、青虫がついていることもしょっちゅう。ムシ食いの部分だけを取れば普通に食べられるし、ムシが食うほどおいしいってことです。それを今の家庭では、全部捨ててしまう。
ニンジン、キャベツ、大根、ネギ、かぼちゃ、さつまいも、じゃがいも・・・お陰様で、今でも季節になると、旬の野菜がうんざりした記憶とともによみがえるわけです(笑)。

Q.学校給食で印象的だったことは

小学校では3~4年と5~6年と2年ずつ同じ担任で持ち上がりでどちらも女性でしたが、今から振り返ると、給食や食事、食べることそのものに対する考え方が全く違いました。それがクラスの雰囲気全体にも反映されていたように思えます。
3、4年の担任は、給食の約束として「太っている人はお代わり禁止」がルールでした。“肥満児”という言葉が社会的によく聞かれるようになった頃で、それが理由にあったかもしれません。どのような基準だったのか全く分かりませんが、僕はぽっちゃり体型だったのでお代わりできません。一方では食べられず持て余す子もいたので、内心では「残すくらいなら俺にくれ」と横目で見ていました。クラスの雰囲気は暗かったです。
5、6年になると給食は残すなという方針の先生でした。「食べたい人は食べられない人からもらいなさい」ということで、僕なんか思う存分に食べました。だからクラスの雰囲気はイキイキとして明るかったですね。
子どもだったから、食事からの影響はなおさら大きいものがあると思います。

Q.伸び盛りに食事制限は辛いもの

中学までは、水泳も野球も剣道でも、総体的にスポーツでは体が大きいのは不利とされ、食事が制限されていました。剣道は体が小さい方が機敏に動ける、水泳はスリムな方が水の抵抗が少なくスピードが出るから有利だと。僕は中学入った時すでに170㎝近く、3年で180㎝台後半でしたから、年に7、8㎝ずつ伸びていた計算で、伸び盛り。食べる量も半端ではなかった。間食、買い食いが禁止されていた分、3倍位の弁当を作ってもらい、それでも時々隠れて買い食いしましたが。
今はBMIや体脂肪率、骨密度など色々なモノサシがありますが、当時は「伸長-100」が標準体重というモノサシしかなく、一律に見た目での判断でした。大きい体の僕は中学時代、スポーツへのモチベーションが一気に下がりました。
でもラッキーだったのは高校入学後、たまたま入った柔道部の先生が、大きい体には大きいなりの柔道がある、という柔軟な考え方の指導だったことです。大きいことが悪いことのように言われてきたのが初めて、思う存分に食べさせてもらえました。スポーツでも大きいことが必ずしも悪いことではないと思えました。そして逆に大きい体を有効に生かした柔道というものを考えるようになったのです。
「太った子はお代わり禁止」だった小学校時代から、食べたいのに制限された中学時代まで。私の体験から、スポーツに限らず、食事が子どもの意欲に及ぼす影響は測り知れないと言えます。

Q.子どもの食育について考えることは

とにかく「食え」、そして「残すな」、いつまでも「だらだら食べるな」、という当たり前のことですが、食事のたびにやかましく言います。遠征先では必ずバイキングに行くので、そこで子どもたちは好きなものを好きなだけ持って来る。普段は一人でポツンと食事している子も、みんなでワイワイ食べるとおいしい、食の細い子もモリモリ食べられる。まず「食べるって楽しい」ということを教え込んでいます。
初めは好きなものだけしか取らないのが慣れてくると、「野菜も食べなくちゃ」とバランスや残さず食べ切れる量を考えるようになります。お兄さん達から注意され伝わっていくのです。それが教育です。親や指導者から言われるのは“やらされている”、でも先輩や仲間に言われると“自分で気づく”。道場を始めて4年目になりやっとここまできました。最初は何もないところからでしたから、食事のたび、怒鳴りっぱなしでした。

Q.見えてきた食育の課題は

遠征に行くと私は子ども達の様子や食生活を通じて、家庭やご両親の様子を見ているのです。弁当の食べ方を見ただけでも、早い子遅い子、残さず食べる子、食べられないとポイと捨ててしまう子。でも子どもを叱るだけでは解決しません、食事を作るのも食べさせるのも親だから。
今の子ども達は“食事が不安定”ですね。何でもしっかり食べるという普通のことが身についていません。家庭が無駄のある食事を作っている、好きなものだけしか食べさせない、親の好き嫌いで作っているとか。作ったものは自分が食べる姿勢を見せ、一緒に食べてください。
このように食べ物があふれている時代だからこそ、日本の伝統食が望ましいのでしょう。私は子ども時代、畑からとれたての、ムシが食うほどおいしい野菜を食べて育ったその経験が大きいです。もしファストフードのような食事ばかりで育っていたら、今と違う自分がいたかもしれません。幼児のころに毎日食べた食事で、その後の食の嗜好は決まる気がします。大人になってからでは、自分が問題意識を持ってよほど努力しない限りは変えられません。 食事は安いか高いかよりも、安全なものを食べることが大切です。

Q.道場で今、子どもたちに伝えること

自分はここで“チャンピオンだけを育てよう”とは思っていません。柔道を通じて“強い心”と“強い体”、“礼儀”正しい子どもを育てようとしています。柔道しか知らないのではなく、勉強も大事。“文武両道”と言っています。例え柔道でチャンピオンになれたとしても、礼儀もわきまえない、常識に欠けていては、良き社会人とは言えません。食事をすることも、その練習の延長にあるのです。

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