ホテルの地域貢献から始まった「食育」

地域の小学校と連携して、年に一度シェフが学校を訪れ6年生と共にフランス料理を作り、食事を楽しむ活動を実施している浦安ブライトンホテル(千葉県)。オープンして16年以上経つ同ホテルが考える「食」と「人」とのかかわりや、さまざまな人が訪れるホテルだからこそ出来る「食育」について、角谷総料理長からお話を聞きました。

角谷正明さんの顔写真角谷正明(かどや・まさあき)
石川県出身。中学校卒業後、金沢市内の割烹料亭で日本料理を学ぶ。その後西洋料理を志し都内のレストラン・ホテル勤務、1993年浦安ブライトンホテル開業スタッフ(統括料理長)として入社。07年取締役常務執行役員総料理長に就任、現職。全日本司厨士協会(千葉支部理事)、日本エスコフィェ協会会員。

Q:なぜ小学校でフランス料理の調理実習を始めたのでしょうか

当ホテルの5周年記念の一環として、地域社会に何か貢献できないかと企画を考えていた時、近隣の小学校が地域の人や企業と連携した教育を実施していることを知り、ホテルの最も得意とするサービス、そして食の楽しさを通じて人と人の触れ合いを大切にすることを提案しました。そこで6年生の卒業記念の調理実習で、私達プロと一緒に作った料理を食べて「食の重要性」と「楽しさ」を共有できればとスタートしたものです。
私達の業界団体では老人ホームや養護施設などで、すでに「食育」の活動をしていたのであまり抵抗はありませんでした。しかし学校側は、ホテルのシェフが学校に出向き子どもに料理を教えてくれるということに大変驚きがあったようです。でもプロと触れ合うことで子どもが「食」に対して何か感じ取り、小学校生活の良き思い出になればと、実現できることを大変喜んでいただきました。

Q:初めてのことで苦心・苦労もあったでしょう

最初の調理実習では、家庭で作るような簡単な料理のメニューを選びましたが、いざ実施すると一部の子どもたちから「家でも作った事がある」とか「食べたことがある」という声がありました。今の子どもたちは外食も多く豊かな環境に育ったこともあり、普段目にするような料理では興味を持ってくれないと考えられたのです。
そこでメニューを見直し、地域(県内)の食材を使いながら、フランス料理らしい料理を作るという今の内容になりました。実際に食材に触れ自分で作ることで、本来持っている材料の旨みや香り、苦味を五感で体感できます。そうすると嫌いなものでも、苦労して作った料理だから残さず食べよう、食材は大切に扱わなければならない、などを感じることにつながるのではと思います。

Q:食育の観点では“ホテルのシェフとつくる”というのが鍵ですね

当初は学校のお皿やお箸で実施していたのですが、“ホテルのシェフとつくる”意味をよく考え、ホテルの器、銀器のナイフとフォークを用意し、レストランで食べる雰囲気で実施することにしました。
学校側も今までは教室の机を並べて食べていたところを、テーブルクロスや卓上花、さらに教室全体に飾り付けをしたりと、いろいろ工夫をしていただきました。また子どもたちの服装はエプロンとバンダナでしたが、コックさんの象徴でもあるコック帽に変えるなど、お互いに一つひとつ改良していきました。実習終了時には「修了証」も全員に渡し、思い出作りに一役かうことを行っています。

Q:子どもたちとの交流から思うことは

食を通じて触れ合ういろいろな場面で目に付くことは、お箸を正しく持てない、布巾をかたく絞れないなど、私自身が子どもの頃に学校や親にうるさく言われたことが、今は出来ない子どもたちが目立ちます。また生活環境の変化で、徐々に台所から「炎」が消える時代になり、そのため「炎」の大切さ、怖さが薄れていくのではないかと感じています。炎は「熱い」、「物が燃える」、「薪をくべたら煙い」といった単純なことかもしれませんが、私達調理人は「炎」を食材の一部であり「生き物」として扱っているため、そのように感じるのです。 また一方では、実習の終了時に子どもたちから、お礼に歌を聴かせてもらったことが印象的です。澄んだ歌声で、鳥肌をたてながら聴き入ってしまいました。そのような純粋な心、バネのようなエネルギーを持った子どもたちと接する事で、我われの方が勉強させられているのが現状です。

Q:子どもたちにプロとして伝えたいことは

私たち料理人は教育者ではありませんが、白い制服を着ている限り「食の安全を守り続ける広告塔」との意識を持っています。この実習を続けていく中で、一層、その気持ちを強く感じるようになりました。調理実習や講習会のアシスタントは、なるべく若手のスタッフを連れて行くようにしています。それは、料理を作ることだけでなく、どの様に組み立てて教えるか、なぜこの食材を選んだのか、いろいろな実践を学ぶ機会になるからです。
仕事というものは、ある時期「とことんやる事」が大切で、とことんやることで「何かが見えてくる」。だからこそ「正しい判断が出来る」と考えています。子どもたちは自分の仕事を「熱く語れる」人間に育って欲しいと願っています。

Q:食育基本法がホテルにもたらす意味は

食の安全問題では、今までに体験したことのないことが現在は本当に多く出ています。そのような中、食材では添加物や消費・賞味期限の厳守など、安全・安心を提供する為には充分な配慮をしていかなければなりません。また子どもたちに多く見られる食品アレルギーには、食を提供する側として真剣に取り組んでいかなければなりません。美味しいものを提供するだけでは、真の料理人と言えなくなってきたのが現状です。
浦安市はアジアを代表するリゾート地として進化し続けています。その中で、食とサービスはホテルの信頼を大きく左右します。その食を提供する側のレベルアップを図るために近隣のホテルが合同で、「浦安ホテル食品衛生協議会」を10年ほど前に立ち上げ、現在も講習会を年2回開催しています。

Q:ホテルの食育、学校との関りなど今後どのように進めますか

学校教育の一環でテーブルマナーを実施している学校がありますが、「食育」の視点から見ると「食べるマナー」だけでなく「ホテルを楽しく使うマナー」、「社会人としてのマナー」教育に変わってきています。その中に「食を大切に」することを教えられればいいと考えています。
現在行っている調理実習は、たくさんの学校からご要望を頂きますが、全てにお応え出来ないのは大変残念に思っております。お応えできなかった学校には、私達の業界団体などに問合せて、地域のシェフの紹介をお願いするなどの検討をして頂ければと提案しています。また例えば仕事をリタイアしたシェフのグループが、行政のバックアップの下で活動をしていくという方法も今後は考えられるかもしれません。その際は単に「美味しいものを作ってワイワイ楽しかった」ということでなく、しっかりと目的を持って継承できる「食育」に取り組んでいくことが必要だと思います。

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