日頃の食・教育を大切にしアンテナを広げて情報収集を

未曾有の被害をもたらした2011年3月11日の東日本大震災は、地震後の津波により、避難所となる学校そのものが被災したところも少なくありません。そして被害は広範囲に及んだため、十分に食事が届かないこともありました。このような時に一番必要な栄養や食事環境とは。現地での支援・調査に携わった(独)国立健康・栄養研究所の笠岡(坪山)宜代さんに、もしもの時、栄養士は何をしたら良いのか、普段から心がけていてほしいことはどのようなことかを聞きました。

笠岡(坪山)宜代さんの顔写真笠岡(坪山)宜代<かさおか(つぼやま)のぶよ>
管理栄養士、医学博士。独立行政法人国立健康・栄養研究所栄養疫学研究部食事摂取基準研究室長。東京家政大学管理栄養士専攻卒業、高知医科大学(現・高知大学医学部)大学院博士課程修了。 科学技術振興事業団などのポスドクを経て、1999年国立健康・栄養研究所臨床栄養部(現・基礎栄養プログラム)研究員として分子栄養学を研究。2008年4月より現職。日本栄養士会研究運営部会部会長、厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会活用ワーキンググループ委員など。栄養改善学会奨励賞受賞。

Q:東日本大震災は、過去の震災とどのような点で違いがあったのでしょうか

阪神・淡路大震災や新潟中越地震の時は、比較的被害の少ない近県からすぐに物資が届きましたが、今回は被災地域が広く被災規模も大きかったため、3日間水が手に入らなかった避難所や、4日目におにぎりが提供されたという避難所もありました。

Q:水が手に入らないと体にどのような影響がありますか

水の大切さを一番に感じました。高齢者を用いた研究によると、人は1日2㍑の水分を必要とします。半分は目に見える水で他は食事などから摂る水分ですが、食事全体の量が減っているので、水を十分に摂取するのはなかなかむずかしい状況でした。
十分な量の水が手に入らないうえ、仮設トイレの衛生面などの理由から、特に高齢者を中心に水を飲む量を控えていました。「食べて出す」という仕組みができないと、水を摂取するという行動に支障が生じます。水の摂取が不足すると脱水症状、心筋梗塞、脳梗塞、エコノミークラス症候群、低体温、便秘など様々な症状が体に現れます。トイレの後に手が洗えないということは、衛生面での問題も生じます。

Q:食事ではどのような点に注意が必要でしょうか

厚生労働省は4月21日に「避難所における食事提供の計画・評価のために当面の目標とする栄養の参照量」を発表し、目安としていただくようにしました。初期の段階は何よりも「生きる」ために水とエネルギーが必要ですが、次の段階には体をつくるたんぱく質やビタミンB1、B2、Cが必要となります。
6月14日には「避難所における食事提供に係る適切な栄養管理の実施について」を発表し、長期的な避難生活において重要な栄養をお知らせし、特に配慮が必要な栄養素について詳細が記載されています。例えば6歳から14歳では、「カルシウム」摂取が重要となります。最も骨が成長するこの時期に、牛乳・乳製品、豆類、緑黄色野菜、小魚など多様な食品を摂取してほしいと思います。生鮮食品での摂取が困難な場合は、小魚やロングライフ牛乳などを備蓄食品にしておくことも良いことです。月経が始まっている女の子たちには「鉄」も、より重要な栄養素となります。

Q:今回はじめて、被災地に管理栄養士・栄養士が公的に派遣されたそうですね

厚生労働省が公的に行った派遣と日本栄養士会からの派遣がはじめて実施されました。都道府県に通達され管理栄養士・栄養士187人、日本栄養士会からも341名が派遣されました(共に7月27日現在)。栄養ケア、調理現場での指導のほかに、国立健康・栄養研究所と日本栄養士会が作成した「栄養・食生活リーフレット」を、避難されている方々にも配布して回りました。
リーフレットは「栄養・食生活」「衛生管理」「赤ちゃん、妊婦・授乳婦」「高齢者」と分かれており、それぞれに管理栄養士・栄養士へ向けた専門職用の解説書も添えています。また4月には「災害時の栄養・食生活支援マニュアル」(以下=「支援マニュアル」)を作成しました。
一方、本研究所のウェブサイト内には専門職の方へ向けて、兵庫県や新潟県による災害時の栄養・食生活に関連するサイトをいくつか紹介しています。さらに栄養参照量を基にして、避難生活で手に入る食材を使用した「加熱調理が困難な場合」「加熱調理が可能な場合」の具体的な食品構成の例も紹介しています。

Q:食物アレルギーや、持病を持つ方々の食事はどのような状況でしたか

初期の段階は緊急性のある医療が優先になってしまい、アレルギー除去食など特別食が必要な方への対応はなかなかできないのが現実です。派遣された管理栄養士・栄養士が調査を始めてから、やっと特別食について言い出せたという方が多くいらっしゃいました。
今後はこういった、声を出せない方のために、専門職が工夫してあげる必要があると感じています。「支援マニュアル」には、普通食が食べられない人(乳児、塩分制限、たんぱく制限、糖尿病食、アレルギー除去食など)に対して、どこに相談したらよいのかがわかるようなチラシの作成例も記載しています。

Q:学校現場が普段の食育で、災害を意識して指導できることはありますか

普段の学校給食等での食育ができていれば、このような非常時でも対応できると思います。例えば、災害時には水の使用が限られ手を洗えないこともあるので、食べ物には直接触れないようにするなどを教えることができるでしょう。
また「支援マニュアル」には、脱水症予防のための水分補給として「経口補水液」(ナトリウムとブドウ糖の濃度をバランスよく調整した飲料)の、砂糖と塩、水でできる簡単な作り方なども記載しているので、そういった知識を学ぶこともできます。
専門職である全国の管理栄養士・栄養士の皆様には、日頃からアンテナを高く掲げて、いざという時のために情報を集めていただくことをお願いしたいと思います。

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