郷土料理は子どもにとって「味の貯金」

日本の食の豊かさ、奥深さを表わす郷土料理。学校給食にも地場の産物を使い、行事食の一つとして取り入れるなど、近年は郷土料理が注目されています。生活習慣や歴史、気候風土などから育まれてきた郷土料理には、教材としての側面がたくさんあります。農水省「農山漁村の郷土料理百選」選定委員、「郷土料理伝承学校」校長である向笠千恵子さんに、郷土料理の魅力を伺いました。

向笠千恵子さんの顔写真向笠千恵子(むかさ ちえこ)
フードジャーナリスト、エッセイスト、食文化研究家。
日本の本物の味、安心できる食べもの、伝統食品づくりの現場を知る第一人者。食アメニティコンテスト審査会長、本場の本物審査専門委員、消費生活アドバイザー。『食の街道を行く』(平凡社新書)で、食のアカデミー賞といわれるグルマン世界料理本大賞グランプリを受賞。NHKラジオ深夜便にレギュラー出演中。
http://mukasa-chieko.com/

Q:学校給食に郷土料理が盛んに取り入れられています

郷土料理には見た目が地味だったり、においが独特だったり、馴染みのない人には思わず「えっ」と身を引いてしまうものもあります。食生活が洋風化した今の子どもの味覚に合わない、お酒のつまみのような料理もあり、給食の献立として喜ばれるものばかりではないかもしれません。
伝統の食材や味を伝えていくのは当然ですが、一方で、誰もが食べたいと思うような、シチュエーションや食べさせ方の工夫があっても良いかと思います。
幼いころから郷土の味を知ることは、「味の貯金」をしていくことになるのです。大人になって様々な食のバリエーションを楽しめるようになる、そのための助走として大切な体験です。郷土料理はお母さんのおっぱいようなもので、これを幼児体験したかどうかが、大人になってからの“人生”を左右するといっても過言ではありません。

Q:教材という視点ではどのように取り組めばよいでしょう?

まず地域の食材に目を向けてみてはいかがでしょうか。スローフードの定着とあいまって、最近では“在来野菜”が注目されています。これは特定の集落でなくては作れなかった野菜で、その集落の地名や人の名前が伝えられて大変興味深い野菜です。
例えば山形県でも鶴岡市の藤沢地区の焼き畑でだけ作られている「藤沢かぶ」は、小ぶりで細長く紫がかっているなど、流通している普通のかぶとは見かけがだいぶ違うのですが、漬物にするととてもおいしい、藤沢という地域名が伝わっている好例です。東京にも在来野菜があります。その一つ「寺島なす」は現在の墨田区東向島、江戸時代の寺島村で作られていたもの。現在は三鷹市の農家が栽培する他、寺島地区の小学校の先生方と子ども達がこの農家の指導を受けながら育て、収穫したなすで「寺島なす給食」を行うなど、食育活動に取り入れています。

Q:環境的に恵まれていない地域では?

藤沢かぶ、寺島なすも、食べた人はその味の深さに驚きます。広域に流通していないためその存在が知られていないだけで、流通している野菜に比べ決して味や品質が劣っているわけではないのです。ではなぜ流通しないのか理由はいろいろですが、共通するのは大きさや形が従来の流通の規格に適さなかったということでしょう。
北から南まで広い日本列島は気候風土の変化に富み、地域ごとに豊かな産物に恵まれ、まだまだ知られていない食材が各地に隠れています。特産の食材と一般食材とを食べ比べて味の違いを体験する、さらに調味料も、例えば地場産の味噌や醤油などと組み合わせてみるなど、単一な味覚ではなく複合的な味の深さを体験させるのもお勧めですね。
毎日の給食でそれを実践しようと頑張る必要はないと思います。月に1回、学期に1回でもそれを教材として取り上げ、教育にどう結び付けていくのか。先生方の「志のシンボル」となって、意識がブラッシュアップされるのだと思います。

Q:ご自身の食への興味のきっかけは

東京・日本橋の商家に生まれ、幼いころから、家族や社員達の食事の世話をする母を間近に見ながら育ったので、近所への買い物や夕食の支度を当然のこととして手伝っていました。
母が本を見ながら洋風の献立も作ってくれたり、茶の間には料理や食べ物に関する本や雑誌がありました。父は仕事の会合などで外出すると、焼き鳥、お寿司などを“おみや”として持ち帰ってくれた・・・。
そんな家庭環境で育ったので、長じてからは興味があった食べ物、旅や読書、そして人との出会いが好きになり、料理本の編集者を職業にしました。
料理の取材をするうち、食材そのものの生産現場を確かめたくなって、いろいろな地域に出かけ、やがて一つの食材の流通の歴史や地域の文化にも気づきました。例えば日本中の朝食に共通するお味噌汁にも地域性があって、使う味噌やだしの種類、その使い方も家庭ごとに違いがあります。中でも郷土料理は、時代に合わせて変化してきたものから、頑固に伝統を守っているものまで様々で、とても奥行きが深い料理です。

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