非常食ではなく日常食に、発想を転換しよう
東日本大震災発生当時、栄養士として保育園に勤務しながら子供の食育に携わっていた今泉さん。日本栄養士会を通じた被災地の支援要請に応じるつもりだったが、事情で果たせなかった心残りの体験が災害時の食育を研究する契機になりました。「災害時こそ健康が大切、そのポイントが食事です。好きな食べ慣れたものを口にすると、生きる力がわいてきます」と語ります。そのためには“非常食”から日常の延長にある“災害食・防災食”へと、発想の転換を提案しています。
今泉マユ子(イマイズミ マユコ)
(株)オフィスRM代表取締役、管理栄養士、食育指導士。徳島生まれ、神奈川・鎌倉で育つ。管理栄養士として企業社員食堂、病院、保育園などで勤務。現在は商品開発のアドバイザー、講演・執筆等で活動中。日本災害食学会、日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT)等に所属。近著に「災害時に役立つ かんたん時短、『即食』レシピ もしもごはん」(清流出版)、他多数。
Q:"非常食"の概念を切り替えることの意味は何でしょうか。
一般的な非常食には「おいしくない、我慢して食べるもの」というイメージがあって、普段は棚や倉庫の奥にしまわれ、存在すら忘れられています。気がついたら消費期限切れで、廃棄されてしまうものも少なくないそうです。非常食として市販されているものは長期保存を第一に考えられているので、濃い目の味付けで高カロリーなものもあります。そこに少しの工夫で好みの味にして、おいしく食べることが出来るのですが。
私は災害食・防災食と言っています。日常の食事と災害時の食事はイコールでなければ、子供や高齢者が健康を維持することは難しくなります。ライフラインが回復するまでは、食べることが唯一の楽しみで、それが健康で生きることにつながるのです。おいしくない食事を我慢して食べなければならないのは本当にストレスになります。
Q:具体的にはどのような提案がありますか。
大切なのは非常時にだけ食べると考えるのではなく、日常にも食べる習慣と、味や使い方を試す習慣です。そしてローリング・ストックの実践です。
私の災害食レシピ提案では乾燥ワカメ、切り干し大根、高野豆腐などの乾物をよく使い、講演でも紹介しています。ある若い方から、日常の切り干し大根の使い方が分からないと質問されたことがあります。普段から食事に使っていなければ、非常時にだけ使おうとしても、ライフラインが限られた環境で要領よく使うことは難しいですね。例えば水がなければ、缶詰の汁を使って戻せるし、味もついて一石二鳥なのです。
普段から使うことはローリング・ストックの実践につながります。消費したら買うのではなく、常に一定量をストックしながら消費していくことです。同時に最小限の熱源として、卓上カセットコンロはマストアイテムですね。
しまい込んだ非常食も、期限が近づいたものは食べて、味や風味を確かめておきましょう。思ったよりおいしく食べられるかもしれないし、戻す時間を調整する、何か加えるなどの工夫で好みに出来るかもしれません。例えばアルファ化米は、野菜ジュースで戻せば風味豊かなご飯になり、ビタミン類も補うことが出来ます。乾パンはフルーツ缶の汁に浸して食べると柔らかくなり、水分補給にもなります。
Q:まずは日ごろから防災意識を高めておくことですね。
非常食だから非常時に食べるもの、アルファ化米は水・お湯で戻すもの、固い乾パンは我慢してそのまま食べるもの、といった固定概念をなくしましょう。
ちょっと話は違いますが、学校の避難訓練で地震が来たら机の下に潜ると教えられた子供が、放課後に地震が来たとき、校庭から3階の教室まで戻って机の下に潜ったそうです。机に潜る意味は頭を守ることだと理解できていれば、その場でランドセルを頭にのせてしゃがむことができます。訓練は大切ですが、訓練の意味を理解していないと「やらされた」感だけで、生きた知識や経験にならないと思います。
Q:食育に防災を加えることでどのような効果が考えられますか。
家庭科の調理実習で、ポリ袋クッキングを取り入れた小学校の事例があります。先ほどの話に通じるのですが、平常時に体験しておくことがとても大切です。その体験を子供が家庭で保護者に語るので、親が巻き込まれ、家族防災会議に発展します。
講演などで子供たちに伝えているのは、非常時に健康を維持するのは食事であること。①食べ慣れた(好きな)物を食べよう、②毎食ごとでなくても良いので栄養バランスを考えよう、③食べたらちゃんと排泄すること、という3点です。