食育キーパーソン

魚の食材物語を伝えることで魚食文化の伝承を

日本人の“魚離れ”が言われて久しい。魚食文化の継承を目的の一つとする「日本さかな検定」(=ととけん)は今年第12回で最終回を迎える。開催・運営する(一社)日本さかな検定協会の尾山雅一代表理事は、魚食振興のため「まず喫食の機会を増やすこと」、そして「魚の食材物語を伝えて欲しい」と提案。学校給食でも食材としてはもとより、ストーリーを伝えることでさまざまな学びに発展していくはずだと期待を語ります。

星谷みよ子(ナガシマ ミホコ)

尾山雅一(オヤマ マサカズ)

山口県宇部市出身。瀬戸内海の小魚を主菜に、ときどき日本海産の刺身を食べて育ち上京。早稲田大学日本文学科卒後、広告会社に入社。現在、㈱協同宣伝 常務取締役。2009年、魚離れが世評に上るのを機に、消費者視点で日本さかな検定協会を社内起業。以後代表理事を兼任。出題・解説や副読本のコンテンツ取材のため魚介のおいしい物語を求めて、各地の居酒屋や漁港を週末行脚し、魚食文化発信をライフワークとする。

Q:ととけんを開催したのはどの様な背景からですか。

日本人1人年間当たりの肉類の摂取量が魚介類を上回ったのが2006年、有史以来の出来事として話題になり、今日でもこの状況はあまり変わっていません。7割が天然ものなので高くて当たり前ですが肉類に比べ割高、核家族化で日本伝統の食文化が継承されなくなった、スーパーでの買い物が主流になり対面販売の鮮魚店が姿を消したことなど、消費が減ったことには様々な理由があるでしょう。
第1回ととけんは2010年、東京・大阪で開始しました。魚を少し知ることで「おいしい魚」と出会えます。そのため検定問題を工夫してきました。受検者からは「問題を解いていると魚が食べたくなる」と感想を頂くことがあります。魚のおいしさを知ったら、周りにも広める伝道師になってほしい。そして各地域の魚食文化を継承すること。これらを目的として今年で第12回を迎えます。

Q:どのような成果がありましたか。

昨年の第11回検定までの受検者は累計で約3万人、最年少5歳から最高齢89歳という幅広い層が参加。親子2代、3代での家族受検もみられ、コミュニケーション形成になったという声もあります。東京・大阪が基本会場ですが、地方から開催希望の手が挙がるようになり、これまで全国25会場で実施しました。

Q:魚食文化の継承に大切な事は何でしょうか。

喫食の機会を増やすことが大きな課題だと思います。そしてストーリーを伝えることです。
ファストフィッシュ(食べやすく処理した商品)も含めて、回転ずしでも何でも喫食の機会を増やし、魚のおいしさを知ってもらうことが一番です。残念ながら今の家庭では魚料理をあまり作らなくなった、その分を学校給食でもっと魚メニューを増やして頂くことは大きいでしょうね。とにかくおいしく食べてもらう、おいしい経験をしてもらうことです。

Q:ストーリーを伝えるとは。

できるだけ食材としてのストーリーをちゃんと伝えてもらうことは、五感を使って、より魚をおいしくたべることにつながります。魚ほど食のストーリーがたくさんある食材はありません。例えば「サバを読む」「ニベもない」「ゴリ押し」…魚にちなんだ言葉は身近にたくさんあります。由来を調べると興味深いです。
例えばフグにまつわる伝承。最初にフグ食を禁止した天下人と解禁した初代首相を答えなさいという問題を過去に出しました。正解は豊臣秀吉と伊藤博文。フグを食べたことのない三河武士が、秀吉の朝鮮出兵で九州に来て初めてフグを食べ、毒があるのを知らないから食中毒になって兵力を削がれたためフグ食を禁止しました。フグだけで、国語も社会も理科も算数もといろいろな切り口から語れる。語るべきストーリーがあるからです。
そういった“魚の食材物語”を伝えて欲しい。食材にはその物語が必ずあるのです。それをちゃんと伝えてほしい。すると魚がモノではなくコトになるのです。300円くらいで買える魚が800円くらいだと「高いな」と思うのはモノとして見ているから。コトになると全く違って感じます。

Q:喫食の機会を増やすには従来と違う視点が必要なのですね。

難しい要求から少しハードルを下げて、喫食機会をつくるにはどこからでもいいのではないかと考えます。でもどこかでおいしい記憶を持ってもらうこと、その記憶を誰かに伝えてもらうこと。つまり魚というものを語る時間を少し増やしてほしいと思います。
家庭での魚料理が減った背景には、実はお母さんたちにおいしい魚を食べた経験があまりなかった、そのお母さんも教えられていなかったなど理由はいっぱいあると思います。お父さんの責任もあります。早く帰って一緒に食事しないから、魚の出番がない。お父さんが一緒の食事では魚の出番が増えるという調査結果がありました。

Q:今後についてはどのようですか。

今年10月31日第12回検定を、このコロナ禍の中で本当に実施できるのか、まだ誰も正確な見通しは立てられません。延期か中止か、延期ならいつになるのか、全く予測がつかないこんな状況が2年続いて膨大なエネルギー、コストがかかりすぎます。
CBT(PC活用によるテスト方式)導入も検討しましたが、受検者の年齢が幅広く、対応できない幼少者やご高齢者を切り捨てることはできません。今回をもって終了することを決定しました。続けて欲しいという声もたくさん頂き、我々も残念です。
私個人としては今後も何らかの形で、各地域の魚食文化の継承・普及について関わっていきたいと思っています。