「箸育」は和の心を伝えるための食育の根幹です
正しい箸使いが出来ない子どもが、箸の持ち方を直したいと意識を持った時わずか20分の指導で箸を正しく使えるようになると言う。大きなポイントは手のサイズに合った長さの箸を持つこと。しかし目指すのは箸のマナー教室ではない。箸を通して、日本の「箸文化」を知り和食や和の心への理解を深めること。「和の食文化を語れる、美しい箸使いで食事が出来る」ということは、これからの国際社会で活躍する日本人としての大切な心得でもあると語る平沼芳彩さんに、「箸育」の思いを聞いた。
平沼芳彩(ヒラヌマ ホウサイ)
NPO法人みんなのお箸プロジェクト理事長。箸文化研究家。礼法講師としての経験、自身の子育て・孫育ての経験から箸の重要性を確信。箸文化や箸使いに関するセミナーや、my箸作りを行うワークショップ、教育機関等への出前講習も行っている。「すべての日本人に箸文化の素晴らしさを知ってほしい」と願って活動中。2021年2月に出版された『発達に合わせて伝える 子どものための食事マナー』(メイトブックス)を監修。
Q:みんなのお箸プロジェクトが始まったのはどのような背景だったのでしょうか。
ある大学の調査で小学生の8割が正しい箸使いが出来ず、その保護者の7割も正しい箸使いが出来ていないという結果が出ていました。その理由は学校や幼・保育園で教えてもらうから困らないという考えのようです。ところが保育士は必ずしも、きちんと箸の指導が出来るわけではなく、私達の講座の受講者の6割が保育士、栄養士の方々です。
私達は箸を単なる「食具」としてではなく日本の生活文化として捉え、箸の使い方指導だけではなく、動植物の命を頂き、生かされているという感謝の念、その裏側に流れる日本人の精神を知らなければならないと考えるためです。
Q:同プロジェクトは主にどのような事業内容でしょうか。
正しい箸使いを身につけ学ぶことは、食事が食べやすくなる、食べる姿が美しく見えるだけでなく、一緒に食事をする方々への気遣い、食事の作法やマナー、自然への畏敬の念、食べものを育てる人・獲る人や、調理する人への感謝の心等を身につけること。豊かな人間性を育むことにも繋がっていきます。その理念のもと、地域のイベントや企業向けの講座及び講演、子ども向け「箸の使い方講座」、高齢者向け「箸使い生涯現役を目指す、高齢者の箸選び」、乳幼児の保護者に向け「箸トレーニング&初めての箸選び」講座などオンラインも含め開催しています。
箸作りワークショップの箸は、地域のシニア男性により、一膳ずつこだわりの形で手作りをしています。
さらに「箸育講師養成講座」は、私達と同じ思いを持って各地のワークショップや出張講座で講師となっていただく人を養成するもの。箸文化の基礎知識を身につけられる「箸育アドバイザー」、さらに講師として活躍の場を持てる「箸育インストラクター」、伝統文化や和の心についてより広く学びを深める「箸育エキスパート」まであります。
Q:「箸育」の対象者は広い年齢層になるのですね。
60歳からでも「箸年齢」を伸ばすことが出来ます。高齢者には生涯現役で、自分で食事が出来るようにしましょうと呼びかけています。足腰の筋力が衰えると上半身が不安定になり背中が丸まった姿勢となり、お茶碗を左手に持ち右手で箸を動かすという両手の使い方が不自由になる。やがてスプーンに頼り、食べさせてもらうことになるのです。箸が使いづらいのは指先の位置がズレるためで、今より1㎝短く、少し太い箸にすることで動かし易くなります。
子どもの場合、小学生頃になると、箸使いは自己流でもそれなりに食べられるので矯正は難しくなります。しかし自我が発達する高学年頃は、手にあった適切なサイズの箸を使った指導により、20分程の練習で正しい箸使いが身につきます。
親指と人差し指を直角に開いた長さを「ひとあた」と言い、その1.5倍の長さの箸がその子どもの手の大きさに合う適切なサイズです。靴はそれぞれの子どもに合ったサイズを選ぶのですから、箸も自分の手に合わせて選ぶようになってほしいです。
Q:日本独特の「箸文化」とは何でしょうか。
日本を含む東アジアから東南アジアは箸を使う文化圏。しかし日本以外の多くの国が箸とスプーン、箸とナイフなどを組み合わせて使うのに対して、箸だけで完食するのは日本だけです。日本の箸には「はさむ」「切る」など12通りの機能がありますが、「つまむ」という機能は先端が細く作られている日本の箸だけにみられる特色です。そして箸は使う人の魂が宿ると考えられてきました。日本人の生涯は箸に始まり(お食い初め)、箸に終わる(お骨上げ)といわれています。
箸は、自然の恵みを私たちの心や身体へと橋渡しして、命を繋ぐもの。そして日本に生まれ育った人々が、一生を通して毎日使う、最も身近な道具です。この箸を通じて、食事のマナーや作法、日本の食文化、ひいては和の心である自然との共生、他者への気遣いに触れ、美しい所作と豊かな人間性を育んでいくことが、私たちの目指す「箸育」であり、「食育」の根幹を成すものであると考えています。