食育キーパーソン

食は世界との出会いのきっかけ

ケニアで出会った、人々を笑顔にする料理の力を知った体験から食の道に入り、暮らしと料理をテーマに学校での授業や研究・講演、執筆活動に取り組んでいる岡根谷さん。授業で子どもたちに接するうえで、「食をきっかけに知らなかった話題と出会えるし、興味がなかったことに興味が持てる。食はすごく便利なツール」と語っている。

岡根谷実里(オカネヤ ミサト)

岡根谷実里(オカネヤ ミサト)

世界の台所探検家。世界各地の家庭の台所を訪れて一緒に料理をし、料理を通して見える暮らしや社会の様子を発信している。講演・執筆・研究のほか、全国の小中高校への出張授業も実施。訪問国/地域は60以上。著書に「世界の台所探検 料理から暮らしと社会がみえる」(青幻舎)、翻訳絵本「世界の市場 おいしい!たのしい!24のまちでお買いもの」(河出書房新社)。

Q:土木を専攻されてから世界の台所探検に結びついたきっかけは何でしょうか。

元々世界の知らない国々に興味があり、途上国で仕事をしたかったので、土木工学はその手段として学びました。大学院時代に国連のインターンシップでケニアに行かせてもらったのですが、そこで、自分では貢献できると思っていた土木工学が人の生活を壊してしまうことにもなることに直面したのです。派遣されたケニアの村では、大きな道路が通ることで、学校や市場が壊されたり退去を命じられ、今までの生活をめちゃめちゃにされてしまうことに村中が騒然とする状況でした。経済的利益はあれど、その裏で犠牲が生まれている。これが本当に私がやりたかったことなのか、ちょっと分からなくなったのです。 一方で、その怒ったり泣いたり悲しんだりした人たちも、1日1回必ずやってくる夕飯の時間は笑顔でした。それも豪勢なディナーとかでなく手近な野菜で、美味しい料理を自分の手で生み出してしまう。誰もが周りの人を笑顔にできる料理ってすごいなと思ったのです。しかもおいしい料理は犠牲をつくらない、誰かが笑顔になる裏で誰かが泣くこともない、料理の力に興味を持ったのはケニアのある村での経験でした。橋や道路を作ることと別の次元ですが、おいしい料理を作ることも生活を作ることでどちらも同じ、生活の基盤という地平でつながっているのです。

Q:様々な地域を訪問して馴染みない食材への偏見はありませんか。

食べ物が口に合わないと思うのは、たぶんそれをよく知らないから。見たことない料理をいきなり目の前に出されたら、それは誰でも身構えると思うんです。でもその人達と生活して、料理を一緒に作る過程を踏んでいると不信感がない。食事のおいしさは食べ馴染んでいるおいしさ、馴染んでいるからどんな味か期待ができ裏切られることないからおいしいのだということを、おいしさの研究をされている伏木亨先生が言っています。
なので一緒に料理する過程を踏むと違和感もなくなっていくし、背景にある文化や暮らし、料理と家族のエピソードなどを聞くうちに、その料理が自分の一部となっていくように感じます。野菜嫌いの子が畑に行って自分で収穫すると好きになることがあるように、関わることで好きになれるのです。

Q:食を通して子どもたちには何を伝えたいと考えますか。

私自身が面白いと思うのは、料理を通して世界の暮らしが分かること、食を通して知らなかった世界に出会えることです。食をきっかけに知らなかった話題と出会えるし、興味がなかったことに興味が持てる。食はすごく便利なツールです。授業では、食を通して環境の問題や世界の文化に触れてみたりと、好奇心のきっかけづくりを心がけています。 食を通して広い世界に気がつくし、食べることにも丁寧になります。スマートフォンを見ながらのご飯では結局、何を食べたか覚えていない。食べることに意識を向けてみると、なんでこれはこういう味なんだろうとか、今はこれが旬なんだとか、結果として食べることを大切にするようになっていくと思うのです。食はもともと豊かで楽しいものであるはず、人間の英知が詰まっているものだと思います。

Q:食をツールにして授業はどのように展開されていますか。

例えばパレスチナについて、子供たちはたぶん難民、紛争という言葉しか知らない。それ以上深く知るきっかけがないからですが、実はパレスチナってすごくおいしい料理がある地域なのです。なぜなら気候が温暖で、地中海に面していることもあって豊かでオリーブを使った保存食もあります。彼らにとってオリーブは大事な意味があって、オリーブはとても丈夫なので他人にその土地を侵略されてもそこにオリーブが生えていれば自分の土地だったと分かるからです。なぜそこまで土地に執着するかを考えると、パレスチナとイスラエルの紛争問題に行きつきます。最初から政治の話では興味を持ちづらいところを、食べ物から入ると興味を持つきっかけが少なくともあると思います。

Q:食をツールにした授業の強みは何でしょうか。

食べることを通して、子どもたちが目をキラキラさせて知らない世界に興味を持ってもらえること。それがたまらなくうれしいから、依頼をいただいては授業を続けているのですが、とにかく五感を使うことで子どもたちの印象に残ると思います。 例えば先日の授業は「インドのパン」が題材で、自分で焼いたパンを教室に持ち込み、実際に触って、かいで、食べてもらいました。日本のふわふわで甘いパンに慣れているから「あまりおいしくない」という感想もありました。「これで作るんだよ」と鍋を見せると、「重たい」とか。そういう体験から子ども自身が感じるものがたくさんあって、疑問がどんどん出てきます。「なんでオーブンじゃなくて鍋なの」とか「こうしたらもっとおいしくできるんじゃないの」とか。単純に話を聞くだけじゃない五感の体験は重要で、それこそが「食」のできることですね。実物に触れられることで、いろんな疑問がわいてきます。

Q:食の題材では「探究」や社会科との親和性が深そうですね。

先生方からは、探究すること、身近なものからこんなにおもしろいものが見えてくる、といったことを伝えてほしいと希望されることが多いです。最近の中・高校では探究での希望が多いです。食はすごく身近で探究の題材になるので、身近なものがこんなに広い世界とつながっているんだと、普段意識しない視点を伝えています。 探究の授業では「問い」の設定が難しいとされています。自分が何に興味があるのかがわからない、何を知りたいかわからない生徒には、何か触ったり食べたりすることで、そこからいっぱい疑問がわいてくるから適しています。毎日触れているものにこそ探究のきっかけ、興味のフックがあるのではないでしょうか。 例えばアーモンドフィッシュを題材にした授業では、何も考えなければ1分で食べてしまうけど、この1袋から世界に繋がり、カルフォルニアで干ばつが起きているようだがアーモンドの収穫にどう影響するのかなどの広がりが探究できます。製造までに関わっている人、モノを全部書き出してみると、実はその生産ラインのパッケージを作っている人やその輸送にかかるエネルギーなど多岐にわたります。食品を作るために使われる水やエネルギー、排出されるCO2など、深めていくことができます。

Q:学校給食へはどのように期待されますか。

ある学校がネパールの学校と交流があり、依頼されてネパールについて話をする中で「モモ」という餃子のような料理について触れたのですが、後日、給食の献立で出してくれたそうです。子どもたちはこれがモモなんだと喜んで、私の話を思い出してくれたそうです。給食はそういう興味のきっかけになります。私自身も給食では、長野県なのでおやき、そば揚げ団子が出ましたが、家では作らない郷土料理って触れる機会がないので、給食を通してはじめて存在を知ったり。当時はそこまでの意識はなかったですが。 知らなかった新しい世界に触れる、おいしいおいしくないだけでない食との接点を作れる給食ってすごいものだと思うし、私自身も、より給食との連携をとりたいです。 給食の時間は短いし、単体では出来ることは限られますが、授業と給食との連携で、知らない世界に触れることがもっとできていくと素晴らしいですね。教科横断型と言われますが給食は全ての教科のプラットフォームになれると思います。どうしたらその仕組みを作っていけるか、先生と学校給食との連携をうまく構築できるのかを考えたいです。