食育キーパーソン

お箸を正しく使うことが好き嫌いの改善につながります

様々な視点から箸と食に関する幅広い活動に取り組む小倉朋子さんは、箸を正しく使うことは「食材にきちんと向き合うこと」で食育につながると語る。子ども達の箸使いを指導すると、うまくできなかった箸使いが上手になることで、嫌いだった焼き魚等の和食が好きになるなど、食事内容の改善と共に心の成長にもつながると言う。「日本で一番のお箸の専門家」と自負する小倉さんに、箸を正しく使うことの意義やそこから得られる「学び」などについて聞いた。

小倉朋子(オグラ トモコ)

小倉朋子(オグラ トモコ)

日本箸文化協会代表、(株)トータルフード代表取締役、「食輝塾」主宰、亜細亜大学・東京成徳大学・東洋大学非常勤講師。大学卒業後、トヨタ自動車広報や国際会議運営ディレクター勤務を経てカナダ留学。AHMA認定フードオペレーション・ホスピタリティビジネスディプロマ11種取得。飲食店のコンサルティングの他、諸外国の食事マナー&総合的に食を学び広い視野で強く美しく生きる教室「食輝塾」を主宰。幅広く食分野で提唱している。最新著『教養としてのテーブルマナー』他、多数の著書や講演実績がある。

Q:日本箸文化協会はどのような目的で活動を行っているのでしょうか。

日本箸文化協会という名称については、「文化」にこだわりがあります。ほとんどの皆さんが、お箸は食べ物を運ぶ道具だと思っています。でも道具としてだけでなく、そこに日本人の精神性とか、人生の生き方、価値観、環境への配慮など色々なものが込められています。このお箸との関係性は世界でも日本だけなのです。20年以上前になるのですが、私がお箸の講演をしたり、執筆や取材で取り上げていただくようになり、協会の立ち上げを勧めていただき設立しました。
当協会活動の柱の一つが「箸検定」と講師(箸エキスパート)の養成です。検定の内容は、協会として大事だと思い、伝えたい部分を盛り込んでいます。またお箸をきちんと持てる方が少なくなっていることから、まずは正しく持つことも身につけていただきます。少しでも多くの皆さんが正しく持てるようになってほしいと願う気持ちでおります。
箸検定には「箸ソムリエ ベーシック」(ベーシック)、「箸ソムリエ シニア」(シニア)、「協会認定箸講師」(認定講師)という3つのステップがあります。ベーシックはお箸の歴史・文化や、お箸使いの基本的なマナー等を学びたい人は誰でも受けることができ、現在はオンラインで年間3、4回実施しています。ベーシックの合格者はシニアの受検資格があります。シニアと認定講師はテキストである私の著書を読み、設問に対する小論文を送っていただく形ですから、ご自分が受けたい時に受検できます。
箸検定の受検者には意外に男性が多く、企業の一線で働く方が多数いらっしゃいます。現在の食生活や食を取り巻く環境に疑問を感じている方々のようです。他にも主婦、学生など様々です。
私がテレビに出演した時のネットへの書き込みで興味深いことは、洋食のテーブルマナーについての番組では少ないのに、お箸や和食に関する話題だと投稿が増えるのです。日本人であることやお箸へのこだわりみたいなものが完全には失われず、どこかにまだ残っているのかなと感じられる反応ですね。

Q:学校給食では正しい箸の持ち方指導は難しいのですが大切です。

お箸は正しい持ち方をするとすごく合理的です。無駄な力を使わずに繊細な料理でもていねいにつかむことができます。日本の料理は細かい繊細なものが多いので、道具として持つことが正しくできないとうまくつかめなくて、面倒なので和食離れにつながります。当協会では、要請があれば小学校に出張して「my箸作り講座」(無料)を続けています。自分で作ったお箸は大切にしたいし、上手に使えるようになりたいと思いますから、正しいお箸使いを身につけるモチベーションのアップにもつながります。講座では必ず最初の10~15分程度は日本のお箸の文化的なお話をして、単に道具ではないことを理解してもらってから始めるようにしています。
人口ベースで世界の約3分の1が箸食だと言われています。日本以外の国々ではお箸は食事のための道具です。日本だけがお箸や使い方に意味を見出しているのです。元々は神様のためのもので、神事、祭事の時だけ神様のために使用する高貴なものなので、我々人間は使わせてもらえないものでした。史料や文献を調べますと、手食だった時代が長く続いたと考えられます。
日本人のお箸とのかかわり方といったところから、現在見失っている日本人の良さ、相手への思いやりや自然を畏怖する気持ちとか色々なものがお箸とつながると思うのです。そのかかわりを次世代に伝えたいという思いがあります。食事はかきこむのではなく、丁寧につまんで食べましょうとか、感謝しながら食べましょうとか、ちょっと前までは各家庭でもそういう会話が食卓を囲んで普通にあったと思うのですが。

Q:学校での食の指導でもヒントになることもたくさんありますね。

お箸の指導で、「正しく持てなければならない」ということから入ることは避けたいですね。今日ではお箸が持てなくてもべつに困らない食生活がいくらでもできるので、必要性がないと思ってしまうのです。ですがお箸を正しく持つことができると、お箸をていねいに扱い料理をていねいにつまんで食べる食べ方になるので、ぞんざいに食べられない。自然に食材と向きあう食べ方になります。そうでなくては丸ごと1尾の焼き魚をきれいに食べることができません。お箸は5本の指を駆使する必要があるからです。
お箸がうまく持てない子が持てるようになると、そこに達成感や自己肯定感も加わり、上手に食べられるので好き嫌いが治っていくのです。好き嫌いの原因の9割はメンタルです。アレルギーなど外因的な理由がある場合は別にして、他は全部が後天的な環境要因ですから、嫌いなものでも「今から変わるぞ、好きになるぞ」と思えれば変わる世界です。「好きだ」と思えないから嫌いなままなのです。

Q:学校でも家庭でも、好き嫌いの指導については様々な意見があります。

基本的に私は、食べ物に限らず嫌いなままより好きになることをお薦めします。嫌いな人がたくさんいるより好きな面を探すようにしたり、嫌いな仕事をいやいや働くより好きになろうとする道を探したいと思います。嫌いなままでいいという考え方より、好きになろうという考え方で生きた方がきっと人生が豊かになるのではと考えます。そういう意味で好き嫌いはなくせるならなくした方が、人生は楽しくなる確率が高くなるし、達成感も自己肯定感も得られるはずです。
特に食というのは日々の営みで生涯続くもの、かつ人生の基本ですから、嫌いだったものが好きになれたというだけで、本人にも喜びや驚きとなります。すると色々なものが変わってきて、まさしく人生が好転することも多いのです。食べ物という側面だけでとらえると、無理しないでいいという考え方もあります。もちろん無理強いはお薦めしません。

Q:ご自身の経験から、どのようにして「食」への興味を伝えますか。

私は子どもの頃から興味の方向が少し変わっていたようです。例えばお店で食べたものが美味しく感じたらそれを家にあるものでどれだけ再現できるか実験したり、食べ歩きは「今週はこの地域のカレー店全て制覇」などしていました。食べたことがないものがあれば電車を乗り継いで食べに行き、昆虫食などまで一通り食べ、オリジナル料理も毎日作りました。するとある時期、食べたいものがなくなってしまったのです。
それから「食はもっと奥深いものじゃないか」と思い始め、食べたくても食べられずに亡くなる方が世界にはたくさんいるのに、私は何をしていたのかと自問してからはまた世界がガラッと変わって、それまでと違う風景が見えてきました。
食は全ての根幹だから、環境も政治経済も、宗教も健康もメンタルも、全てに繋がります。だから食に関心を持つことで多くのことが見えてきます。目の前にある食事は突然現れたわけではなく、種から育て作ってくれた人、運んでくれた人、調理し盛り付けてくれた人、多くの人の思いや苦労、そして自然界の恵みや環境、多くの要素によってやっと目の前にあるということに感謝することが必要です。食べることは本能だからお腹がすけば必ず食べますし、その連続の中で明日がある、次があるとみんな思っていますが、本当は一食一食がとても尊く命を結び付ける唯一の鍵なのです。