食育キーパーソン

「味覚の一週間」®が13年、NPO化してより広げたい

シェフなどプロの料理人が学校を訪問して、子どもたちに〝五味〟を通じた授業で味覚について気づかせる「味覚の授業」®を中心とした「味覚の一週間」が今年も、10月から全国の学校などで展開される。フランスから始まった同活動は日本で14年目迎えた。「味覚の一週間」実行委員長として日本に定着させた瀬古さんは今年、味覚教育をさらに広く定着させるため特定非営利活動法人「子どものための味覚の伝承」を設立。「大きなくくりの中で地方の伝統食や自然の味を守る活動などに取り組みたい」と展望する。

加藤芽依(カトウ メイ)

瀬古篤子(セコ アツコ)

「味覚の一週間」実行委員長、㈱ヴィジョン・エイ代表取締役社長。滋賀県出身。1972年上智大学仏文科卒業。在学中にパリ留学、ソルボンヌI.P.F.E.修了。80年同学仏文科大学院入学、84年博士後期課程修了。この間に㈱ヴィジョン・エイを設立。92年フィガロ・ジャポン創刊・編集長。2011年「味覚の一週間」実行委員会委員長。17年フランス農事功労章シュヴァリエ受賞。

Q:日本での「味覚の一週間」はどのような経緯で始まったのですか。

「味覚の一週間」はフランスで1990年に始まった、子どものための食育運動で、毎年10月第3週の1週間に行われています。そのノウハウを譲り受けた私が呼びかけて立ち上げた「味覚の一週間」実行委員会が、2011年から毎年実施し、今年で13年目になります。「味覚の授業」では、味覚が発達する小学生年齢が対象で、当然たばこもお酒の味にも染まっていない子どもたちだからこそ、日本では〝うま味〟を加えた〝五味〟をしっかり覚えてもらうことが目的です。 食事は単に空腹を満たすだけだからと、ゲームやメールチェックしながら食べるのではなく、しっかり料理に向き合って、生産者や調理人に思いをはせて欲しいと願っています。

Q:13年間の着実な実績を積み上げてきましたね。

スタート初年の「味覚の授業」は28校58クラスで、ほぼ首都圏での開催でした。それから徐々に参加校、料理人が増え、ピークの2019年は当初の約10倍で262校591クラス児童1万6227人にまで広がりましたが、2020年からはコロナ禍により減少。2022年は210校490クラス、1万2257人、今年は9月14日現在で205校488クラス、1万811人です。コロナ禍でも逆に良かった点は、地方での授業が増えて地元のシェフや調理人が参加してくださるようになったこと。県を越えた移動が制限されたためです。 マンパワーがあれば現在の倍くらいやりたいところですが、ただ増やすだけが目標ではありません。こういうことは大切だと気付いてくれる大人がいて、まだ小さいけれど今見聞きしたことが大人になった時に活きて、ただお腹がいっぱいになればいいという大人でなく、背景に気付きながらご飯を食べてくれる人に育ってくれるといいなと思ってやっているので、増やすのはできる範囲でですね。

Q:定着したのはどのような理由だと考えますか。

理由は様々考えられますが、フランスは食が文化であるという認識で、シェフは文化人で社会的にも尊敬され発言も重視されています。日本でも2013年「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど食への文化としての認識が高く、シェフ料理人の情報発信には影響力があり尊重されます。定着しなかった国の例から考えると、背景には食や調理人への社会の受け皿が、日本にはあったことが考えられます。

Q:シェフや料理人の子どもたちへの接し方が「味覚の授業」のポイントですね。

授業をしてくださる皆さんには「間違ってもいいから、なるべく子どもたちにしゃべらせてください」とお願いしています。算数や国語の授業ではなかなか発言できない子たちが、この授業では「この味知ってる」「お母さんが前に買ってきた」「辛いけどおいしい」など思い思いにしゃべりますが、それらの意見を否定しません。 以前フランスからギィ・マルタンという2つ星レストランのシェフを招いて特別授業を行ったのですが、本格フレンチの前菜のフィメ(燻製)を食べたある子どもは「ソーセージみたいな味がする」と。ソーセージではなかったですが間違っていません。ヤギのチーズを食べた子どもが「臭い、食べられない」と言ったら、彼は「食べられなくてもいいよ。でも今の味は君たちの引き出しに入ったから。大人になって、また食べた時、その引き出しがまた開くよ。君たちは今、色んなものを食べる自由を手に入れたのだ」と。

Q:NPO「子どものための味覚の伝承」を立ち上げた意図は何でしょうか。

「味覚の一週間」と別の事業をするのではなく、活動の幅を広げることが目的です。活動の一つに「味覚の授業」や「味覚のアトリエ」があり、他にもワークショップや教育・セミナー、情報発信などに取り組む考えです。任意団体「味覚の一週間」実行委員会は、今年8月に申請登録されたNPO法人「子どものための味覚の伝承」の中心的活動です。 ワークショップでは日本の食に欠かせない農家を訪ねたり、教える生産者を育てる事業を考えています。 子どもたちが農家さんの指導で田植え、収穫して、炊いたご飯で味覚の授業をするという活動を、すでに愛知県でやらせていただいています。またイチゴ農家さんで摘み取りさせてもらい、単に「甘い、甘くない」だけではなく、同じイチゴでもちょっとすっぱみがある甘さとか、時期や種類による甘さの違いを味わってもらうなどの授業をしています。 また来年の2024年はパリ・オリンピックにちなんで様々な、食育に関する国際的な事業が予定されていることから、関連する情報を積極的に発信していく予定です。フランスでは学校給食には有機で作ったものを一定割合以上使用しなければならないという法律ができたそうですが、日本では生産・流通が追い付いていない状況です。 「子どものため」ならもう少し社会が関心を持ってくださるのではないでしょうか。今は高くても、皆で作って使ったら値段も下がるでしょう。スーパーも積極的に有機を扱う姿勢を示すことで社会的に評価され支持者が増える。そういうことを子どもも保護者も自覚して食生活を送りましょうというのが、このNPOの基本にしているところです。 そして地方に根付いた食の文化を子どもたちに伝えることです。全国どこのデパート、スーパーでも画一的なものが並び、どこで食べても同じではちょっと寂しいと思うので、それぞれの地方の、例えば山形の芋煮会とか地方に根付いた食の文化があって、それを食べてみようと子どもたちに伝えられる講師を養成する組織にするのが理想です。

Q:学校の食育について意見・提案がありますか。

先生方にはSDGsや有機、プラごみ問題などについて、もうちょっとアンテナを高くして、もっと危機意識をもっていただきたい。食べ物が食卓に届くまでの背後には、カーボンフリーや環境問題、飢餓問題など様々な課題が含まれています。子どもは砂漠に水がしみこむように、教えられたことをすっと吸収してくれるのでもっとお話ししてください。 先生方は本当にお忙しいので調べたりすることも難しいと思うので、もっと私たちのような外部の力も借りて取り組んでください。 そして企業の社会貢献やイメージアップのために何かしたいと思っている会社は、私たちがお手伝いできるので、ご相談くだされば一緒にできることがたくさんあります。イベントや出前授業、Webでの情報発信だけでなく、フランスともつながりがあるのでフランスの企業とコラボするなど、活動が広がります。