食育キーパーソン

社会の現実を学んだ〝産学官コラボ弁当〟

大学キャンパスがある八王子市の市民祭りでのお披露目を皮切りに、地元スーパーが販売するお弁当は健康に配慮した一品。スーパー・市保健所・大学が連携の結果生まれた「産学官コラボ弁当」と言える。ゼミ生を指導して開発した労作だが、ゼミの学生達にとって、約半年にわたって試行錯誤した経験は教科書の学びからだけでは得られない、現実の社会や仕事の厳しさを体験できた貴重な機会だったようだ。ゼミを指導した三澤朱実教授に、食育や学生の育成についての話を聞いた。

三澤朱実(ミサワ アケミ)

三澤朱実(ミサワ アケミ)

神奈川県出身。現・東京家政学院大学現代生活学部食物学科教授(学科長)。大阪市立大学大学院後期博士課程修了・博士(生活科学)、神奈川県立保健福祉大学大学院修士課程修了・修士(栄養学)。管理栄養士、第一種衛生管理者、産業栄養指導者、特定保健指導実践者。日立製作所ストレージシステム事業部、メンタルクリニックで栄養指導・教育に従事。日本栄養学教育学会編集委員、日本栄養改善学会評議員、食育研究会主宰。第18回および第23回神奈川県栄養改善学会学会賞受賞、平成29年(公社)日本栄養士会会長表彰。

Q:産学官コラボ弁当はどのような経緯で実現したのでしょうか。

八王子市保健所からの紹介で、市民の健康づくりを考えた栄養バランスに優れておいしく、地元スーパーマーケットが販売できるお弁当を開発したいという依頼が昨年秋ごろ大学にあり、提携に向けての様々な条件などの事務的な調整を経て、実際に開発への動きを始めたのは今年春からです。 ゼミ生から希望者を募り、手を挙げた4年生をリーダーに3年生も含めた5人が参加してスタート。お弁当のイメージの話し合いから献立を作成、その献立による栄養価の計算とその結果を反映させた献立の修正、そして大切な塩分・野菜量等のスマートミール基準に沿うよう調整し、何回も作り直しました。 次に、スーパーや保健所の担当者も加えて試食、費用や労力をはじめ様々な角度から折り合うまで検討会を何度も開き、「ふわふわ!あんかけハンバーグ弁当」、「NEW!オムもぐプレート」の2品にこぎつけました。

Q:産学官コラボ弁当の出来上がりの感想はいかがでしたか。

9月30日に開催された「はちおうじNPOフェスティバル2023」で初めて商品化して出品したのですが、2種類のお弁当はどちらも完売でした。さらにその後、「ふわふわ!あんかけハンバーグ弁当」はスーパーでもレギュラーとして販売されています。 スマートミールの基準では健康増進に資することが第一の目的なので、食塩量が控えめなことから全体的に薄味です。ところが市販されているお弁当の濃い味に慣れている人には物足りなく感じる面もあると思います。産学官コラボ弁当では薄味の素材の味を生かしつつ、食材の組合せで味のバランスをとり、おいしく仕上がっていました。あんかけで味つけしたり、ご飯に豆を炊き込んだりといった工夫をしました。日本の食事は塩の文化でもあり、そこを否定することなく、うまく使うことが今回ポイントになりますが、スマートミール基準に沿った弁当を商品化するためには、単純に塩分量を減らすだけで解決できるものではありません。

Q:この取組から、学生にはどのような学びがありましたか。

大学では講義・実習を通して、より高い専門知識・技能を習得するよう指導していますが、特にスキルは実習で身に着けますが、その内容は失敗の無いは理想的なものです。しかし、実社会で求められるのは、健康に良いとか栄養バランスが優れていることだけでは不十分で、材料費や人件費、作る手間、衛生・保存などあらゆる要素を考慮したうえで、おいしくて喫食者に喜ばれるものでなければならないのです。教科書通りに書かれていることを実践するだけでなく、代価を頂戴することの重みを深く学ぶ良い機会となったことでしょう。

Q:ゼミとは別に指導している食育研究会とはどのような活動ですか。

八王子市、多摩市、町田市といった大学の近隣地域で開催される食育等のイベントに参加して、来場する方たちに参加型のゲームやクイズ等を通して食育を指導する、学生が主体の地域ボランティア活動の会です。小さな子どもから高齢者まで、幅広い方たちを対象に、楽しく食育の大切さを伝えることが目的です。いろいろな形の料理カードを準備して、テーブルに正しく和食配膳するゲームなどは、意外に大人も知らないことがあり、親子で楽しく参加でき喜ばれます。三澤ゼミの3・4年生が主なメンバーですが、1・2年生でも食育活動等に興味がある学生なら参加できる会です。学生の自主的な活動なので、なるべく私は前に出ずに、イベント情報の収集や活動予算の確保等のサポートに回るようにしています。

Q:学校の食育等についてアドバイス、ご提案がありますか。

学校栄養職員(栄養士)の場合は栄養バランスが良く安全でおいしい給食を提供することが使命で、給食そのものが優れた食育教材です。しかし食育は、学級担任や他教科教員との日頃のコミュニケーション、連携のもとで取り組む必要があります。もちろん栄養士、栄養教諭は学校内での栄養についての専門家ですが、見えていない面も多くあります。子どもの日頃の学習・生活面や保護者・家庭環境等は担任や養護教諭等の先生方の方がたくさん把握されていますので、様々な立場の方がコラボし、チーム食育を推進していければと考えています。