お茶を飲むことを日常茶飯事にしよう
小学5年生の9割が家庭科の授業でガスコンロの使い方を身につけたというデータがある(全国家庭科教育研究会2020年度調査)。小学校の家庭科授業は、子ども達の生活技術の習得に欠かせない場となっている。現行の学習指導要領「家庭科」には、日常生活の一部だった「お茶のいれ方や供し方」などが指導すべき内容として例示されているため、正しいお茶のいれ方やお茶と日本文化などを指導する日本茶インストラクター(インストラクター)による出前授業の要請が多い。東京都茶協同組合理事長・君野信太郎さんは「日常茶飯事という言葉通り普通だったことが今は継承されていない。お茶をいれることはおもてなし。それを頂くという感謝の心も伝えたい」と語る。

君野信太郎(キミノ シンタロウ)
㈱茶の君野園代表取締役。1949年生れ。72年国際商科大学卒業、同年鹿児島製茶㈱に入社。74年同社を退社、㈱茶の君野園入社。91年から同社代表取締役。全国茶商工業協同組合連合会副理事長。東京都「産業振興功労者」受賞

森田明(モリタ アキラ)
1957年生れ。日本茶インストラクター第10期生。79年中央大学卒業、同年東京ソニー販売㈱に入社。87年同社を退社、同年(資)大橋入社、現在に至る。
Q:お茶の出前授業はどのような経緯で始められたのですか。
ある高校でお茶のいれ方を教えて欲しいと依頼されたのがきっかけ。その後、小学校の先生からの依頼が増え、指導した学校は翌年も頼まれる状況でした。ところが授業するにもお茶・茶器などが揃っていない学校がありました。そこで対象を都内の小学校4~5生からとし、茶器等も私たちが準備したうえでインストラクターを派遣する出前授業を始めたのが2008年からです。
Q:インストラクターとはどのような役目の方ですか。
(社)日本茶業中央会の「日本茶インストラクター等認定制度」を受検して認定された方々で、お茶の業界関係者に限らず主婦や教員など様々な年齢や職業の方が受検しています。お茶のいれ方はもちろん種類や歴史・文化などを学び、いれ方を指導できる人です。第1期生は2001年から、現在は数千人に上ります。研修会を毎年行い、そこに参加した方に声をかけて応じられた方の中から出前授業の講師をお願いしています。
Q:出前授業はどのような内容なのでしょうか
小学5年生が中心ですが、お茶をいれるなど家庭科の調理実習の一環に位置付けられるようです。実習では子ども達3人1組で、2組に1人のインストラクターがつき、6グループで行うので各回6人程度で実施します。
プログラムは45分と90分の2種類を作成。授業の導入部にお茶をいれることの意味についてお話をさせてもらいます。相手に対するおもてなしなので、おいしくなるよう心を込めていれる。頂く人は心から「ありがとう」の気持ちを込め感謝して飲む。お互い同士の心からの礼儀が大切なのだと伝えます。そして安全にお湯をわかす、わかしたお湯をさます、お茶をいれて飲むという実習をします。
実習と併せて、子ども達には日本茶インストラクター協会が監修した冊子「日本茶ワークブック『お茶にしようよ!』」を配布し、お茶の種類や歴史、健康に良いことや日常生活で役立つ知識などを学んでもらっています。
Q:出前授業について学校からはどのようなリクエストがありますか
この出前授業を家庭科で扱うのか総合的な学習の時間で行うのか、先生との事前の打ち合わせで確かめます。教科によって目的が違うので、説明の仕方は色付けしますが、ベースにある情報はほとんど同じです。
授業実施報告書の「依頼者からの要望」の欄をみると、「お茶をいれられるようになったり、お茶の種類、作り方を分かるようになってほしい」とか「日本の文化としてお茶をいれられるようにしたい」、「日本のマナーを知る学習として実施してほしい」、「お茶をいれることの相手へのおもてなしを学んでほしい」などほぼ共通しています。
Q:授業実施回数の動向は
コロナ前とコロナ後とではだいぶ状況が違います。コロナ禍の最中だった2021年度の実施は8校・642人、22年度19校・1255人、23年度は28校・1905人、今年度は9月末現在が18校1486人で昨年とほぼ同様の予想です。コロナ前には年間40件以上も実施した実績がありますが、人員や事業予算などを考慮すると私たちの体制からは年間30校前後が適正だと思えます。
東京都からの助成金が支給されるので、実施校には茶器セット、実習で使うだけでなく家で家族にも飲んでもらえる分量のお茶を寄贈しています。
Q:この授業を通して伝えたいことは何でしょうか
食事の際には冷蔵庫から出したお茶のPETボトルをテーブルに置き、寒い時はそこからコップに注いで電子レンジで温めて飲む家庭が増えていると聞きます。だから急須でお茶をいれるという習慣がなく、そもそも茶器がない。出前授業で初めて急須を見たという子供も珍しくありません。正しいお茶のいれ方について、自信をもって指導できる先生も少ないそうです。
「日常茶飯事」という言葉がある通り、お茶は日本人にとって身近な存在です。和食とお茶は、料理がメインでお茶は添えものですがセットとなるのが当たり前です。今はこの当たり前が忘れられている面があります。例えばお寿司屋さんでは食後に大きな湯のみで「あがり」を飲む、これはお茶に口内の雑菌を消す効果があるためで、当たり前のことでした。
日本食の当たり前の文化を伝えたいと思います。